やまとは くにのまほろば
たたなづく あおかき
やまごもれる やまとしうるはし
倭建命(やまとたけるのみこと)


古事記より


 大和は素晴らしい国、山々が重なり青々とした垣のように山に囲まれた大和はなんて美しいのだろうか。






−プロローグ−





 雲一つない空は限りなく蒼く、眼下に広がる海は陽光を煌かせながら佇んでいるように見える。今、まるでその空を切り裂くが如く、二筋の白い雲が突き進んでいた。





2004年2月19日 AM10:32
 太平洋上



 民主日本国防軍 航空自衛隊二等空尉 楠瀬 緋菜子は小笠原海域上空、高度1万5千フィートの上空にあって航空自衛隊が保有する唯一の艦載機F-4EJ改−1型ファントムUを操り、海上自衛隊の練習空母である 航空護衛艦「瑠鳳」に着艦訓練を実施すべく左手のスラストレバーの中指に位置する無線送信ボタンをクリックすると自機が着艦準備の手順を開始した旨を母艦に送信する。
 「トレボー、ディスイズ ウィザード・フライト ルージュ チェックイン」
 『ウィザード・フライト・リーダー、ディスイズ トレボー。貴機をレーダーに捕らえている。ヘディング080に向け、高度1500フィートまでディセンドせよ』
 「ラァジャ、ウィザード・リーダー、ヘディング080、高度1500フィートまでディセンドする」

 半年前、緋菜子は航空自衛隊小松基地をホームとする204飛行隊に所属するF-15J制空戦闘機のイーグルドライバーであったが、機種転換過程を経て一時的にファントムライダーへ転向させられている。
 戦闘機操縦士任務に着いて二年を経過した航空自衛隊の戦闘機パイロットは一定期間、海上自衛隊に派遣され、航空護衛艦の着艦資格を取得すると共に実際に艦載機操縦任務に着くことが義務つけられており、その期間中、海上自衛隊からは同数のファイターパイロットが航空自衛隊に派遣されることになっている。航空護衛艦の着艦資格は、所定の時間内に着艦五回、発艦五回を単独で行えることが条件となり、その為に緋菜子は、陸上着艦訓練施設での発着艦訓練、フライトシュミレーターを使っての同訓練を二ヶ月に渡って受けなければならなかった。そしてこれからいよいよ単独で一回目の空母着艦に挑もうとしていたのである。

 かつてこの国が大日本帝国と称していた頃は海軍、陸軍がそれぞれ航空部隊を有しており、昭和21年の国号改名後、大本営は解体され、陸海軍は国防軍として指揮系統が一元化された。それに伴い陸海空の戦力は陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊という名称をそれぞれ与えられ、総合軍戦力の中の各専門部隊として位置付けられたのである。中でも航空自衛隊は陸海軍航空部隊を再編統括された軍部隊であり、当時の海軍部の勢力の大きさから、海軍の影響を大きく受ける形になったが、それでも新設された部門であり、部隊内部の気質は規律の厳しい伝統の残る海自に比べれば、自由さがあった。ゆえに空自パイロットの多くはこの「交換派遣」制度を喜ぶ物は少数で、緋菜子も例外ではなかった。

 「トレボー、ウィザード・フライト・リーダー ユーアーインサイト、オーバーヘッドアプローチ」
 『ウィザード・リーダー、ブレイク後、レフトトラフィックよりアプローチに入れ。ダウンウインドレグに入り、ボールを視認次第コールせよ』
 「ラァジャ、ウィザード・フライト・リーダー」 緋菜子は母艦への交信を終えると遼機へ呼びかけた。トレボーは航空護衛艦「瑠鳳」の呼出符丁、ウィザード・フライトは緋菜子の編隊のコールサインであり、緋菜子の機はウィザード1・1、遼機がウィザード1・2となる。また、緋菜子はこの時、編隊長であったからウィザード・フライト・リーダーと母艦からコールされていた。
 「ウェンディ、聞いての通りよ。母艦上空でブレイクするからあなたが先に降りて。」
 『…ツー』
 ヘッドセットからぶっきらぼうな返答が返ってくる。
 「まったく、もうちょっと愛想よく出来ないのかしら……」緋菜子はむっとしながら呟いた。
 「おら、余計なこと言ってないでランディングチェックしろ」
 唐突に後席に座る海自の指導教官 朝倉雄平 二等海佐から叱咤されると、その直後、TACネーム「ウェンディ」桐屋 沙紀 三等空尉から『バカ』と無線が鳴る。
 「なによ!!」
 「まったく御前たちは……」
 朝倉はこの四ヶ月の間、緋菜子とファントム二号機を駆る沙紀の二人の教官として指導に当たってきた。
 二人は群を抜いて操縦が巧いというわけではなかったが、それなりのセンスの良さを認めており、何よりも一年程前に生起した、隣国、高麗社会主義共和国との紛争において実戦経験を持ち、彼女らの編隊は高麗空軍による、信越州 新潟県高浜原発爆撃未遂事件を未然に防いだという実績があった。
しかし、ACM機動時は阿吽の呼吸で抜群のチームワークを発揮するくせに普段はこの調子で朝倉の頭を痛めていた。

 『トレボー、ウィザード1・2 ウェンディ ボール フォーワン ビジュアルアプローチ』
 沙紀がコールし、ファイナルアプローチに入る。彼女は流れるようにファントムUを操りながら「瑠鳳」に向かって降下していく。そしてタッチダウン。無事に着艦したようだ。

 「さあ、次だ。」緋菜子は呟くと操縦桿を軽く握りなおし、後ろを振り返って母艦の位置を確認する。
 「いいか、ルージュ。基本はシュミレータと同じだ。リラックスして行け」朝倉が緋菜子の緊張をほぐそうと呼びかける。
 「ラァジャ」緋菜子は着艦のためのファイナルアプローチに入るべく、操縦桿を左に倒しながらコールする。
 「トレボー、ウィザード・1・1 ルージュ ビジュアルアプローチ」
 フレネルレンズ式着艦指示装置の「ボール」の明かりが見える。
 「ボール フォーワン」 緋菜子はボールの視認と残存燃料が4100ポンドであることを告げた。
 「ギア・ダウン、テールフックセット、フラップ・フルダウン!」
 「はぁ、はぁ」緋菜子はあまりの緊張に息を上げながらも操縦桿を小刻みに揺すって徐々に高度を下げていく。ファントムは機首を8度上向きの姿勢をとるダーティ・アップの状態にある。
 ただ空母の進路にファントムを正対させても駄目だ。母艦の飛行甲板は進行方向に対して左斜めになっているため、32ノットで前進するにつれて右へ右へと流れていってしまうから、機体を左右に滑らせながらアプローチの進路を修正しなければいけない。機体を真直ぐにするのは最後の1マイル程に近づいてからだ。とにかく、ボールを所定の位置にしっかりと見つめ続けていれば後は自然に飛行甲板に降りられるはずだ。
 「はぁ、はぁ」酸素マスクの中の乾ききったエアで喉が痛む。水が飲みたい。汗がヘルメットの淵を伝う。機体は機首が上がりの高迎え角姿勢となり、前が見えにくい。
 『高度そのまま、いい子だ。姿勢をくずすな』LFO−着艦誘導士官からの声が耳に響く。緋菜子はスラストレバーを握る左手、人差し指の位置にある無線の送信ボタンを二度クリックしてジッパーコマンドを飛ばす。了解の意味。既に言葉にする余裕が無いのだ。
 以前、航空護衛艦勤務の経験がある先輩士官に聞いたことがある。『着艦は着陸とは全く違う。制御された墜落と一緒さ。なんせ、進入中に艦尾を越えた位置でまだ15メートルほどの高さを飛んでて、着艦の瞬間は尻を叩きつけるようにしてタッチダウンさせるんだ。』その言葉を思い出すとさらに喉に渇きを覚えた。しかし、不思議と恐怖は感じない。ボールが沈みかける。高度が下がりかけている。
 「ルージュ!!ボールに集中しろ!余計なことは考えるなよ」朝倉の激が飛ぶ。
 「はいっ!!」
緋菜子はわずかにスラストレバーを前進させる。ボールが右にずれる。右足のラダーペダルを踏み込む。
ボールが再びグリーンに輝く十字架の真ん中に収まった。
 「あぁ、綺麗‥。」緋菜子は思わず呟いた。せまる巨大な飛行甲板が視界一杯に広がる。緋菜子は必死で操縦桿を操り、スラストレバーを一杯に絞りアイドルセット。30トンの機体が沈み込み、主脚が激しく飛行甲板を叩き、テールフックが着艦制動ワイヤーを捕らえた。
 「うぐっ!!」うめきながら、緋菜子の意識が薄れる。それでも左のスラストレバーをガチン!とメカニカルストップが掛かるまで前方に押しこんだ。ファントムUの二基のエンジンが咆哮する。
 減速。テールフックは何とか着艦制動ワイヤーを捕らえたようだ。緋菜子はわずかに頭を振りながらスラストレバーを再度アイドルにセットする。

 「はぁ、はぁ、はぁ‥」これが着艦。この後まだ、五回の発艦と四回の着艦をしなけりゃいけないのかぁ。緋菜子はボーっとしながらうんざりした。
 「こら、まだ気を抜くのは早いぞ!マーシャルの指示に従って機を移動させろ!!」
 「ら、ラァジャ」 緋菜子の憂鬱はまだ始まったばかりだった。


アメリカ合衆国 マサチューセッツ州
スミソニアン天体物理観測所


 丁度その頃、ここ、スミソニアン天体物理観測所では一つの異変が観測されていた。

スミソニアン天体物理観測所(SAO;Smithsonian-Astrophysical-Observatory)は、アメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジに本部を置くスミソニアン協会の研究所である。
 ハーバード大学天文台とともにハーバード・スミソニアン天体物理学センターを構成している。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターには300名を超える研究者が所属しており、天文学、宇宙物理学、地球科学、科学教育など、幅広い研究分野で活動している。

 主任研究員 エミリオ オスカーはアメリカ国内の主要天文台からリンクされている電波望遠鏡から送られてくるのデータに見入っていた。
 「なんだろう?これは……。」
 「どうしたね?」
 オスカーの様子に気づいた天体物理学研究室室長のロバート ボーエンはオスカーの座るコンソールにおかれているパソコンのディスプレイを覗き込んだ。

 ここ、天体物理学研究室は、恒星・銀河・星間物質などの天体の物理的性質(光度・密度・温度・化学組成など)や天体間の相互作用などを研究対象とし、それらを物理学的手法を用いて研究を行っている部門である。特に、オスカーの担当する部署は地球に対して直接影響を及ぼしそうな宇宙空間における現象を探索し、研究することが仕事であった。

 「これです。今日になって観測され始めました。アンドロメダ星雲の方向約11万光年ほどの距離になるのですが、突然特異的な空間が出現したようなんです。おおよそですが、直径30Kmほどの円形でこれは光や電波を反射しない様なんです。アンドロメダ星雲にポッカリと穴が開いたように見えます。」

 「ブラックホールのようなものかね?」

 「いいえ、物質の吸収自体は起こっていない様です。ブラックホールが物質を吸い込む際に形成される降着円盤や、そこから放出するX線やガンマ線、宇宙ジェットなどが観測されておりません。」

 「ううむ、唯の天体では無さそうだな。」

 「はい。それにこの物体は地球に向って移動しているようです。今のところ、速度にして光速の2倍です。」
 「今のところとは?」

 「加減速を繰り返しています。しかもこの動きには人為的な意図の様な物を感じます。まるで人工の物のようです。こんな物観測史上初めてですよ。」

 「人工の?」
 「はい。」

 ボーエンは背中に何か悪寒が走るのを感じた。
 「引き続き観測を続けてくれたまえ。何か嫌な予感がする。」

 アンドロメダ星雲を背景に、宇宙空間にぽっかりと開いた黒い穴。これが後に人類存亡の危機に陥れることになろうとは、誰も知る由も無かった。