DCV-001 航空護衛艦「りゅうほう」


 このコーナーでは、当艦隊に所属するDCV-001航空護衛艦「りゅうほう」を建造していく過程をご紹介させていただきます。

 この艦を建造する切っ掛けとなったのは、昔購入したアリイ製1/800米空母「キティーホーク」がたまたま押入れの奥から発掘(?)されたことから始まります。このキットを眺めていてサイズ的に見て1/700として製作すれば、以前から考えてきた、中型航空護衛艦構想(???)に丁度良いのではないかと考えました。「しょうよう」の設定で記しましたが、設定は6,300t級の空母で艦の規模も、「大和」級とそう大差ありませんから、このキットならぴったりだと思ったのです。
 下記の設定はかなり強引なものですが、その内精査し煮詰めていきますから、目を瞑ってくださいませ^^;
○設定○
航空護衛艦 DCV-001「りゅうほう(瑠鳳)」
 
 この世界では昭和19年12月8日に開戦した日米太平洋戦争は、一年に満たない昭和20年8月15日に対米条件付講和という形で終了したが、この戦争は、当時世界第三位の地位をしめる日本海軍を欧州開放戦争(連合軍名称、日本名称は欧州戦争)に引き込もうとする米政府の戦略であったことが、現代史においては公然の噂とされている。
 昭和16年5月、突如としてポーランド侵攻を開始したドイツ・イタリア同盟は、その後の二年間でフランス、大英帝国を陥落させるなど、欧州を席巻していた。ヨーロッパに大戦の火の手が上がったとき、大日本帝国は5年に亘ったドイツ第三帝国との軍事同盟を破棄し、軍事的中立を保つ事としていたが、大英帝国開放を謳って欧州戦争に参戦していたアメリカはその軍事力劣勢(連合国といってもアメリカ以外は、英国を脱出した自由英国政府軍ほかフランス亡命政府の自由フランス軍のみで事実上アメリカのみで戦うしかなかった)を何とかして日本海軍兵力を連合軍側に加えようとしたが、国力の不足や国民の同意を得られない等を理由に頑なに拒否し続けたのだった。
 しかし、アメリカ政府は、「日独伊三国軍事同盟を解消したとはいえ、世界平和に貢献しようとしない海軍国は悪の枢軸国と変わらない」と日本政府を批判。フランス、イギリスの植民地からの商業撤退や中国大陸の油田開発中止などを迫るハル・ノートを日本政府に突きつけてきた。それを批判しつつ拒否した日本政府に対し、アメリカ海軍は大日本帝国のライフラインと言うべきインドネシアなど南方油田国と日本を結ぶシーレーンを分断しようとし各地で帝国海軍との小規模な衝突を繰返したのち、昭和19年12月8日の呉軍港奇襲を仕掛けたのである。しかし、潜水艦による米ハワイ軍港などの長期に渡る偵察活動や無線の傍受、内通者からの情報収集から米太平洋艦隊の出撃を察知しこれを迎い撃ち半数以上の艦艇を撃破したのが早期停戦、早期講和に繋がる事となったのだが、情報の故意なリークなど実はアメリカの策略だったのではないかとの説もささやかれているが、かくて、大日本帝国は短期で国力、戦力を整えた後民主日本国となり、昭和21年3月に連合国に加盟し欧州開放戦争参戦となったわけである。
 
 この欧州戦争参戦時、民主日本海軍は大和級戦艦4隻(50.8センチ主砲3基8門を装備する改大和級1隻を含む)まほろば級1隻の他比叡、榛名、長門の計8隻、赤城、加賀、信濃など対米戦時からの正規空母3隻に加え、大鳳級新鋭正規空母8隻、商船改造の飛鷹級護衛空母8隻、戦時賠償の代わりにアメリカから貸与されたボーグ級護衛空母8隻の計22隻を擁していた。
 日本参戦ご欧州戦争は昭和25年まで4年続いたが、アメリカの二発の原子爆弾投下によるドイツ本土爆撃や、突然のソ連軍参戦によるベルリン陥落、ドイツ帝国総統アドルフ・ヒトラーの自決により、この年の11月3日に終戦を迎えている。
 しかしこの時、ドイツ空海軍との最終決戦となったスケラディック海峡海戦において大鳳、海鳳、信濃、の3隻に打ち減らされ、戦艦すらも帰還叶ったのは「大和」「武蔵」「飛鳥」の3隻のみ、巡洋艦以下の艦艇は26隻余りとなってしまった。独海軍の殲滅に成功したとはいえ、日本の海上戦力も大きく減退されるにいたった。

 歴史は米ソ冷戦、ソ連軍の中国進駐、中ソ連合軍による朝鮮半島侵攻、ベトナム戦争勃発と極東地域紛争の時代を迎えていく。

 これらの時代背景を背に「りゅうほう」は大鳳級空母の後継艦として欧州戦争中盤の昭和23年から4隻建造開始された瑠鳳級空母のネームシップであり、竣工は終戦の約1ヶ月前の昭和25年9月29日である。竣工当時の「瑠鳳」は大鳳級の艦形を引き継ぐエンクローズドバウ、装甲甲板を採用し、長方形のいわゆる大戦型空母であったが、艦載航空機のジェット化により、昭和35年に大々的な近代化改装が施されアングルド・デッキ(斜め飛行甲板)を装備する近代空母の先駆けとなった。
 空母「瑠鳳」は日本海軍が国防軍海上自衛隊と体制を変化させ、航空護衛艦「りゅうほう」となってから35年間も活躍し続け、昭和60年に退役除籍されるまでに4度の近代化改装がなされた。(昭和59年からは航空練習艦として余生を過ごした)

 ここでは昭和58年当時の最終時の姿を再現するものである。


 使用キット、アリイ「1/800空母キティーホーク」です。アイランドはスケール的に使えません。今回は航空護衛艦「しなの」に引続き、「おおすみ」級輸送艦のブリッジを流用していきますが、やはりそのままでは芸が無いので、製作しながらアレンジを考えていこうと思います。設定上は、「しなの」と同時期にFRAMを施されたこととしますから、改装時、アイランド構造部分の共有化を図り、改装コストの軽減を実現したと言うわけです。 
DDB-110「やまと」とハルを並べてみます。全長は多少キティーホークの方が長いでしょうか?これから徐々に組上げていきます。

さて、艦体を組み立てていきます。組立て図に従い、各パーツを組立てていきますが、今回はエッチングパーツの手摺、転落防止策などはこの時点で取り付けてしまいました。
 かなり、コメントを端折ってしまっていますが、この辺はほぼ素組みに近いので特別な内容も有りませんから、まあ良いかな、という事で‥‥。しかしながらこのキットは、古いこともあってかバリやヒケも多く、部品同士の合いも余りよくありません。すり合わせも良くして置いた方が部品組みはスムーズに行えると思います。飛行甲板外周に取り付けられている「転落防止ネット」はキットではモールド表現されていますが、今回もすべて切り落とし、エッチングパーツを取り付けています。
 
 ちなみに、左舷側のエレベータが白いのは、実は部品を紛失してしまったからで‥‥プラ板にて自作しました。
 艦舷に見える白い縦筋はエバーグリーンの細切りプラ板にて汚水配管や艦舷電路を表現したものです。
さて、海自輸送艦「おおすみ」の艦橋です。航空護衛艦「しなの」に続いて二度目の使用になります(そう、おかげでハルのみの「おおすみ」「しもきた」が眠っている状態です)これをどうアレンジしていこうかイメージするために甲板上に載せてみます。
艦体、甲板の大きさに対して、艦橋の大きさ、というより高さが低くバランスが悪いようです。
 と、言う訳で、ジャンクパーツとプラ板を駆使し(?)高さの嵩上げとブリッジのアレンジを進めてみました。次回はこの続きと塗装まで進捗できればと思います。
 「あまぎ」の進捗はほとんど進んでいませんから次回の更新時に一緒にUP出来る‥‥かな?

 先週は土日両日が出勤で、作業が思うように進まずに3週間ぶりの更新となりました。
「あまぎ」と同時進行させるつもりだったのですが、どうもそれが出来るほど器用ではないようです^^;。結局「りゅうほう」のみの進捗となりました。一気に竣工まで作業を進めます。
艦橋構造体の構築を進めます。「おおすみ」の艦橋をプラ板にて桁上げし、そこにジャンクパーツから切出したそれらしいモールド付のパーツを貼り付けて行きました。パテ埋め等を行ってからエッチングPを取りつけます。ホイップアンテナは0.2mmの真鍮線を使用。
 レジン製の「救命筏コンテナ」を取付けました。この製品、どこのメーカーかは忘れましたが結構精密でなかなか良いです。しかしながら兎に角細かいので取付けは厄介です。ピンセットを使用して瞬間接着剤で取付けて行くのですが、いくつも飛ばして失くしてしまいました。
艦橋を甲板に取り付け。瞬間接着剤を使用し、圧力を掛けながら隙間が空かないように接着しています。
主錨と菊の御紋章を「帝国海軍用装備品セット」より拝借して取り付け。
 カタパルト後端にあるジェット・ブラスト・デフレクターは0.3mmプラ板から切出して貼付け後、ヤスリ掛けしてさらに薄くしています。
現用空母特有の可倒式アンテナの基部を取付け、真鍮線取付け用の穴を開口しておきますが、アンテナは塗装、汚しが済んでから取付けます。
 ここで一気に塗装していきます。塗装色はいつものように艦体は「呉海軍工廠色」、飛行甲板はタミヤ製「ジャーマングレー」、喫水線下はグンゼ製「ジャーマングレー」と艦底色です。
 塗装終了後、デカールを貼付けてから「フラットクリアー」でトップコートするのですが、飛行甲板のみ今回はある実験をしています。
 この時点で作業性を考慮して、展示台を取付けました。展示台の支柱はニチモ1/700「大和」に付属しているものを今回はレジンで複製しています。
 デカールは「キティーホーク」付属のものですが、多少アレンジを加えています。「海自空母」特有の表示として「しなの」「しょうよう」と共通の箇所を幾つか作ってあります。
 実は今回、飛行甲板のデカール貼付け後に「パールクリアー」を一度吹付けた後に「つや消しクリアー」を吹付けました。こうするとラメの粒子が良い感じにザラザラ艦を出してくれ、樹脂コーティングされた飛行甲板っぽさが多少出せたのでは?と思っています。
 艦体を汚していきます。使用するのは何時も通りタミヤのエナメル塗料です。
 汚し完了後、艦舷のアンテナを取付け、塗装し竣工となります。
 ここからは数枚ですが完成画像をUPしていきます。来週にはもう少し細かいところと、艦載機を載せた画像を載せさせていただく予定でおります。
今回はここまでです。次回更新は来週19日の予定です。